考えてみると、私たちは、副腎皮質機能低下症の治療の考え方が変わっていく、ちょうどその境目を生きてきた患者なのかもしれません。
私が診断されたのは2022年。あの頃はまだ、コートリルは一律で15mgや20mgから始まることが多い時代でした。今のように「少量から始めて、様子を見ながら調整する」という発想は、少なくとも患者の間ではあまり知られていなかったように思います。
2008年、すでに指摘されていたこと
調べてみたら、この「一律の補充量でいいのか」という問題提起は、思っていたよりずっと前からありました。副腎不全研究のスペシャリスト、が日本内科学会雑誌に書かれていた「副腎ホルモン補充療法の現状と問題点」という文献です。
この時点ですでに、日本ではコートリル15〜20mgの補充量が一般的に使われていました。でも、体が本来作っているコルチゾールの量から逆算すると、理論的に必要な量はもっと少ないと推定されていて、「副腎予備能とQOLを勘案した、患者個別の至適補充量の模索努力は重要」と書かれています。副腎に残っている力(副腎予備能)や生活の質(QOL)を考えながら、一人ひとりに合ったちょうどいい量を探る努力が大事、ということです。
2008年の時点で、専門医の間にはもう「今の補充量は多すぎるかもしれない」という感覚があったんですよね。
そこから15年
でも、専門医が気づいていたことと、それが実際の診療の標準になることの間には、大きな距離があったみたいです。2023年に改訂された「間脳下垂体機能障害と先天性腎性尿崩症および関連疾患の診療ガイドライン2023年版」の中で、ACTH分泌低下症(下垂体からの指令が減って起こるタイプの副腎不全)のその後の経過について触れている部分には、Tomlinson(2001年)、Sherlock(2009年)、Burman(2013年)、Hammarstrand(2017年)と、補充量とその後の健康や寿命への影響を調べた海外の研究がいくつも引用されています。
この並びを見ていると、2008年の問題提起のあとに、補充量と予後の関係を示す研究が海外で少しずつ積み重なっていって、それが2023年のガイドライン改訂を後押ししたのではないかと感じます。
2023年、ようやく変わった基準
そうして改訂されたガイドラインには、こう書かれています。
- 治療は少量(ヒドロコルチゾンとして5〜10mg/日)から開始する
- 初期投与量で症状の改善がなく、副作用がなければ段階的に増量する
2008年に柳瀬先生が指摘していた「至適補充量の模索努力」が、ようやく公式な治療方針として言葉になった瞬間でした。2008年から数えると15年、私が診断された2022年から数えても、たった1年後のことです。
先に動くか、後から気づくか
なぜ「少量から始めて調整する」考え方がそれほど大事なのか。ここを2022年6月の論文「Daily Glucocorticoid Replacement Dose in Adrenal Insufficiency, a Mini Review」が、分かりやすく整理してくれていました。
この論文では、補充量を決めるアプローチを大きく二つに分けて説明しています。
The first approach is to treat with HC doses near the upper normal range (20 to 25 mg/d)… irreversible end organ damage may develop before the glucocorticoid dose is decreased.
ひとつは、上限に近い20〜25mgあたりから補充を始めて、中心性肥満や、高血圧、糖尿病、骨粗鬆症といった「コルチゾールが多すぎるサイン」が出てから減らしていく方法です。最適な量にたどり着くまでに時間がかかるうえ、量を減らす前に、もう元に戻らない体へのダメージが進んでいることもあると指摘されています。
A second approach is to slowly titrate to the lowest tolerated HC dose until there is evidence of mild AI, and then increase the dose slightly…with potential for fewer adverse outcomes.
もうひとつは、耐えられる範囲でゆっくり減らしていき、軽い副腎不全のサインが出た時点で少し増やす方法です。副腎不全のサインは、体重減少や血圧の低下など、比較的早く分かりやすい形で出てきます。しかも、量を少し戻せばすぐに落ち着くとされています。軽い不足だけで急にクリーゼのような重い状態になるわけではないので、サインが出てから増やしても十分間に合う。この方法のほうが、短期間で、副作用のリスクを抑えながら自分に合う量にたどり着きやすいとされています。
日本でこれまで一般的だった「まず15〜20mgで始めて、副作用が出たら見直す」というやり方は、ひとつめの方法に近いものでした。上限に近い量から入って、明らかな過剰のサインが出るまで様子を見る。2023年のガイドラインで「少量から始めて、必要なら増やす」に変わったことは、ふたつめの方法、低いところから慎重に探っていく発想に近いと思います。
ただ、ふたつめの方法は本来「今の量から少しずつ下げていく」というプロセスを含んでいます。2023年以降に低用量から始められる人は、そもそも高い量を経由しないので、この下げていく工程、遠回りの部分を通らずに済みます。
私を含め、2008年から2023年の間に診断された人たちは、この「下げていく工程」を、診断されたあとに自分でたどることになった世代でした。先に動けば、リスクは小さいうちに気づける。後から気づくと、そのときにはもう副作用が出てしまっていて、しかもその多くは元に戻らない。この15年間、多くの患者がまず高い量で治療を始め、あとから気づいて下げるという遠回りをしてきたことになります。
論文にはもうひとつ、印象的な指摘がありました。今のガイドラインが基準にしている補充量は、175cm・73kgという体格をもとに、飲んだ薬のうち実際に体に吸収されて使われる割合(生物学的利用能)を70%と仮定して算出された数値だそうです。これをもっと幅のある体格(163cm・54.4kgなど)で、この割合を100%として計算し直すと、予測される補充量は4.3〜26mg、中間値で15mgになるといいます。体格の小さい人や、もともとのコルチゾール産生量が少ない人にとっては、今の基準量そのものが、必要な補充量を慢性的に上回っている可能性があるということです。
「変わる直前」を生きた世代として
2022年に診断された私は、ちょうどこの基準が変わる1年前に、旧来の一律処方でコートリルを飲み始めた世代です。2023年にガイドラインが変わったあと、この情報を知って、主治医と相談しながら量を見直した人は、私の周りにも多くいました。今では10mg前後で落ち着いている人が増えて、中には補充療法の影響で出ていた不調が改善した人もいます。
コートリルの量が、体調だけでなく人生そのものに関わってくることを、この15年の流れを追いながら、あらためて実感しました。
ガイドライン改訂から3年が経った今は、多くの人が最初から5〜10mgで治療を始められるようになっていて、以前のように遠回りをしてしまう人や、情報を知らないまま多めの量を飲み続けてしまう人は、確実に減ってきていると思います。
私たちは、その過渡期をちょうど見てきた患者です。専門医が気づいてから基準になるまでに15年かかったという事実は、患者自身が情報を知っておくこと、違和感があれば主治医に伝えることの意味を、あらためて教えてくれる気がします。
そして今、長い時間をかけて、ようやく納得のいく標準治療が確立されたのかもしれません。
出典
柳瀬敏彦「副腎ホルモン補充療法の現状と問題点」日本内科学会雑誌 97巻4号(2008年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/97/4/97_772/_pdf
日本内分泌学会雑誌「間脳下垂体機能障害と先天性腎性尿崩症および関連疾患の診療ガイドライン2023年版」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrine/99/S.July/99_1/_pdf/-char/ja
Caetano CM, Malchoff CD. Daily Glucocorticoid Replacement Dose in Adrenal Insufficiency, a Mini Review. Front Endocrinol. 2022.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9276933/