HintHPA軸の機能障害という考え方

HPA軸の機能が落ちる原因は、副腎皮質機能低下症だけではなく、ステロイド以外の薬剤の影響や、慢性的なストレス・トラウマの蓄積など、いくつかのタイプがあると言われています。

精神神経内分泌の分野では、こうしたストレスやトラウマに起因するタイプを「blunted HPA axis(HPA軸の反応鈍麻)」や「HPA axis dysfunction(HPA軸機能障害)」と呼び、一般向けに広まった「adrenal fatigue(副腎疲労)」という言葉は使わない方向にあるようです。

2025年5月にThe American Journal of Medicine誌に掲載された総説「An Integrative Approach to HPA Axis Dysfunction: From Recognition to Recovery」(著者:Melinda Ring, MD)でも、HPA軸の機能障害は副腎不全とは異なる臨床像として捉えるべきで、問題のある用語「adrenal fatigue」は避けるようにと書かれていました。

Care coordination is essential; clinicians should use accurate terminology such as “HPA axis dysfunction” to effectively communicate with patients and conventional medical providers, avoiding problematic terms like “adrenal fatigue.”

「副腎疲労」という言葉は、もともと慢性疲労やストレス反応を説明する“仮説的な用語”として広まったものの、医学的な検証や診断基準が曖昧だったことから、世界各国の内分泌学会は、Adrenal fatigue does not exist: a systematic review(副腎疲労症候群は存在しない:系統的レビュー)を根拠に、「副腎疲労は医学的に存在しない」との見解で一致していました。

また、副腎疲労と呼ばれているものの中には、本当は「ストレス応答のリズムが乱れているだけ」というケースが含まれていることも、問題だったようです。

また、市販の副腎サポートやホルモンに似た成分のサプリで外から無理に回そうとする方法についても、この論文では慎重な姿勢が示されていました。まずは睡眠の質を整えること、心理的・対人的なストレスに介入すること、炎症や腸内環境を含めた食事を見直すこと、必要な場合にだけアダプトゲンを使うことなど、生活の土台を組み合わせて回復を促すほうが安全としています。

そして、明確な副腎不全が証明されていないのにステロイドで補充することは勧めていませんでした。

Steroid replenishment, such as with hydrocortisone, is appropriate first-line therapy for documented primary adrenal insufficiency. However, long-term steroid use carries significant risks, and therefore, use in HPA axis dysfunction is not recommended without a definitive need documented.

このあたりは、診断されている副腎不全と、ストレスでHPA軸が鈍っているだけの人を一緒に扱わないほうが良い、という私の考えにも近く、今回改めて「副腎疲労」という言葉の背景や、HPA軸機能障害として整理されている考え方を見直してみるきっかけにもなった、「副腎不全でない人にコートリルを処方してしまうと、逆に副腎不全を引き起こす」と警鐘を鳴らしていた医師の発信内容と近いものがありました。

整理すると、

  • 副腎不全(生命に関わるもの、補充が必要なもの)

  • HPA軸機能障害(ストレスや生活要因で調節が乱れているので整えるもの)


  • 副腎疲労という俗称(誤解を招くので使わないほうがいいもの)


という三段階で考えよう、という立場に見えました。

主流の医学的見解

Endocrine Society(米国内分泌学会)やMayo Clinicなど主流の医療機関では、「副腎疲労」は科学的根拠が不十分として、この概念を正式な診断名とは認めていません。

Endocrine Society 「Adrenal Fatigue」
「副腎疲労」という仮説について、「副腎が長期の精神的・身体的ストレスによって“燃え尽きる”という説を支持する科学的根拠はない」と明記されています。

Mayo Clinic 「Adrenal Fatigue: What causes it?」
「副腎疲労という用語は使われているが、既存の検査ではその仮説を支持できるデータはない」と明確に述べられています。

このように、「副腎疲労」という言葉は一般的に広まっているものの、医学的な定義や診断基準は存在しません。一方で、ストレスや薬剤などの影響でHPA軸の機能が一時的に低下することはあり、こうした「グレーゾーンの状態」をどう理解し、整えていくかが今後の課題だと思います。

参考

2025.11.8 掲載

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※体験をもとに整理した内容であり、医学的助言を目的としたものではありません。医療に関する判断を行う際は、必ず医師にご相談ください。