Miscトラップ

副腎皮質機能低下症と診断されたばかりの頃、私は「少し自発が残っている」と説明されていました。
けれど、その当時の医師に処方されたのは「コートリル20mg」という高容量でした。
そのときは知識がなく、「これが普通なのかな」と受け取るしかありませんでした。

今振り返ると、この時点で私はひとつ目の“トラップ”に静かに足を踏み入れていたのかもしれません。
病型に合わない量であっても、知識がなければ気づけない。診断直後は特に、医師を信じるしかなく、自分で調べる余裕もない時期です。

その頃、SNSでは「追いコートリル」という言葉が広がっていました。
体調が揺れたら気軽に追加する──その軽やかな空気感は、知らない人が見たら思わず真似してしまいそうな雰囲気がありました。

ただ、私はどこかで違和感を覚え、少しずつ調べ始めました。

続発性の人の多くは自発が“完全にゼロではない”こと。
病態によって必要量が大きく違うこと。
高容量を続けると自発を落としてしまうこと。
そして、一時的に効いているように見える“成功例”の中に、短期の変化を長期の改善と誤解しているパターンが混ざっていること。

甘草の併用のように、一時的に体調が上向いたように見えても、長期的には悪化する場合があることも知りました。
つまり、「その場で効いているように見える瞬間」ほど、人を勘違いさせやすい。
それこそが、この病気の補充療法に潜む、大きな“トラップ”なんだと気づきました。

その後、SNSでは「私も増量したほうがいいのかな?」と誤解しかけた相談をいただくことが何度もありました。
そのたびに、気軽に増やす前に主治医へ確認するようお伝えし、実際にトラブルを防げたケースもありました。
そのやり取りを思い返すと、もし私が知識のないまま、あの時の軽い言葉をそのまま信じていたらどうなっていたんだろうと、今でもふと考えることがあります。

私は偶然、違和感に気づくきっかけがありました。
過去の経験が直感につながった幸運な出来事でもありました。
でも、誰もが同じように気づけるわけではありません。

病気の情報は複雑で、SNSでは断片的に流れていきます。
生活習慣の工夫やセルフケアなら広がっても大きな害にはなりませんが、ステロイドの増量のように“医療介入”に関わる情報は、ほんの少しの誤解でも大きな影響が出ることがあります。

しかもSNSでは、強い言葉や派手な体験談ほど目立ちやすく、その人だけに必要だった増量対応が、あたかも“誰にでも効く方法”のように広がってしまうことがあります。
本来はごく限られたケースに当てはまる方法でも、周囲から見ると、特別な事情が分からないまま受け取られてしまう。
そこにもまた、静かなトラップが潜んでいます。

同じ病気の人が気軽にやっていると、それだけで“正しい方法”のように見えてしまうこともあります。
本来は主治医と相談していれば、道を間違えずに済んだはずなのに、SNSの空気に引っ張られるケースもあると思います。

病院でも、不調を訴えると増量になることは珍しくありません。
この病気は治療の選択肢が限られていて、不定愁訴とコルチゾール不足の境目も分かりにくいため、医師側も慎重にならざるを得ません。

コルチゾール不足を判断する検査は存在しますが、「今この症状がコルチゾール不足そのものなのか」をその場で確実に判定できる方法ではありません。
血中コルチゾールは測定できますが、症状があっても数値が追いつかず、正常に見えてしまう場面も少なくありません。

つまり、医療側は安全を優先して“念のための増量”を選ぶことが多くなり、患者側も「増やせば解決する」という流れに乗りやすくなってしまいます。
この構造自体が、気づかぬうちに増量を重ねてしまうトラップになっています。

しかも後から振り返っても、その増量が本当に適切だったのかを確かめる方法がないところにも、難しさがあります。

2025.11.25 掲載

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※体験をもとに整理した内容であり、医学的助言を目的としたものではありません。