Miscトリプトファンと副腎クリーゼ

欧米では、副腎クリーゼになる可能性が高い人・低い人のライフスタイルの傾向を解析する研究があり、その中のひとつに「トリプトファンとコルチゾール」というのがありました。

トリプトファンは、幸せホルモンと呼ばれるセロトニン、睡眠ホルモンと呼ばれるメラトニンのもとになる物質で、食品から摂取する必要のある必須アミノ酸の一種(主に乳製品・大豆製品・魚類・肉類から摂取)で、成人だと1日に4mg/㎏が推奨とされています。

トリプトファンが不足すると不安感・うつ病・不眠の原因になり、過剰な場合はコルチゾール不足の症状に似た嘔吐・頭痛・筋力低下などの症状が出る事があるので、なるべくバランス良く摂る事で、QOL向上にも繋がる様ですが、副腎皮質機能低下症の場合は、ちょっと勝手が違う様です。

論文には、副腎クリーゼのリスクがある患者は、リスクの無い患者に比べて、補充したコルチゾールを体に取り込めていない事や、コルチゾールの量を増やした場合でも、取り込む量が増える訳では無い事が示されています。

また、トリプトファンの成分が入った処方薬やサプリと、補充療法のコルチゾールの併用によって、副腎クリーゼを発症するリスクが上がっている事や、通常推奨される低用量のコルチゾール補充療法の有効性の低下にも関係している事が示されています。

別の論文にも、高用量の継続的なコルチゾール補充は、トリプトファン代謝やコルチゾールの効果によく無い影響を与え、体と心の両方に悪い影響を与えている事も報告されていました。

その他、生活改善(栄養状態の改善と薬やサプリの精査)によって、トリプトファンのバランスを修正する事が症状緩和につながり、副腎クリーゼのリスクを下げる事も示されていました。

加えて、副腎不全の動物のL-トリプトファン摂取による過剰なトリプタミンの生成についての研究報告や、HPA軸の機能障害(ベンゾジアゼピン服用中や副腎不全など)の場合は、低量のトリプトファンにも過剰に反応する傾向があるという研究結果からも、薬・サプリだけでなく、バランスの良い食生活を重要視している方が多い様です。

余談ですが、1990年の論文にも「ベンゾジアゼピンはHPA軸(視床下部ー下垂体ー副腎)を阻害することが知られている薬物」という事が、はっきりと記載されていた事を知り、以前調べて記事にしたベンゾジアゼピンとの交差耐性の情報も、欧米ではとっくに周知されている内容だった事を実感しました。

副腎クリーゼとコルチゾール排泄量について[論文の要約]

コルチゾール補充療法を受けている患者52人を対象に、通常推奨される低用量のヒドロコルチゾン(0.2〜0.3mg/kg/day)と、高用量(0.4〜0.6mg/kg/day)について分析したところ、副腎クリーゼのリスクがある患者は、リスクが無い患者に比べて、尿中のコルチゾールとコルチゾンの排泄量が低く、より高用量の場合でも排泄量が有意に低かった事から、グルココルチコイド感受性も、副腎クリーゼの生物学的素因の一部であることを示されています。

また、52例中13例(25%)がレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系を阻害する薬物治療を受けていた事から、トリプトファン – キヌレニン経路等のグルココルチコイド感受性経路の変化と、全身疲労のレベルによって、副腎クリーゼの既往歴のある患者を判別することができ、副腎クリーゼを発症するリスクのある患者においては、通常推奨される低用量の維持量でのコルチゾール補充療法の有効性が低下する事が示されています。

[出典]Susceptibility to Adrenal Crisis Is Associated With Differences in Cortisol Excretion in Patients With Secondary Adrenal Insufficiency

トリプトファンの影響について[論文の要約]

続発性副腎皮質機能低下症の患者において、低用量(0.2〜0.3mg/kg)および高用量(0.4〜0.6mg/kg)のヒドロコルチゾンが、キヌレニン経路を介したトリプトファン代謝に及ぼす影響と、精神的・身体的健康との関連について調査した内容で、高用量を10週間投与した場合、トリプトファンの濃度が上昇し、キヌレニン・3-ヒドロキシキヌレニンの濃度・Kyn/Trp比が低下した事から、Kyn/Trp比は、全身疲労と身体機能に対する高用量のヒドロコルチゾンの効果を媒介することが示されたそうです。

ヒドロコルチゾン投与量(この場合は過量)が、続発性副腎皮質機能低下症の身体的領域と心理的領域(気力・活力・痛み・抑うつ症状を含)の両方に影響する事、Kyn/Trp比が、全身疲労の症状に対するヒドロコルチゾンの効果のほぼ90%を媒介する事、投与量だけではなく、投与方式・投与様式の変化によっても影響を受ける事も示されていた事から、投与量の増量が望ましくないケースには、トリプトファンの平衡を回復させることを目的とした栄養学的・薬学的介入が、疲労や身体機能の著しい低下に悩む、続発性副腎皮質機能低下症の患者にとって、有益である事を示しているそうです。

[出典]Hydrocortisone Affects Fatigue and Physical Functioning Through Metabolism of Tryptophan: A Randomized Controlled Trial

トリプトファンの摂取と強皮症・筋膜炎・好酸球増加症について[論文の要約]

トリプトファンの摂取と、強皮症様の皮膚異常・筋膜炎・好酸球増加症を特徴とする症候群との関連性が、最近米国で認められたと報告されていました。不眠症・うつ病・肥満症に対するトリプトファン(1.5〜3g/day)の投与を行なっていた9人の患者が、開始から1〜18ヵ月後に、四肢の浮腫・激しい痒み・知覚異常・筋肉痛の症状を揃って発症したそうです。

5人の患者はHPA軸(視床下部ー下垂体ー副腎)を阻害することが知られている薬物(ベンゾジアゼピン)を服用しており、1人は副腎不全を患っていました全患者でトリプトファンを中止して、8人にプレドニンを投与したところ、皮膚の症状は改善しましたが、病気が完全に治まったのは2人の患者だけだった様です。

トリプトファン経口投与前後の、血漿中トリプトファン濃度は、健常人と同程度だったが、トリプトファンの代謝産物のL-キヌレニンとキノリン酸の血漿中濃度は、好酸球増多が消失した後の3人の患者や5人の健常者よりも、活動性疾患の4人の方が有意に高かったそうです。この症候群の発症は、トリプトファンの摂取、インドールアミン – ジオキシゲナーゼを活性化する薬剤への暴露、HPA軸(視床下部ー下垂体ー副腎)の機能障害など、いくつかの要因が重なった結果であると考えられる様です。

[出典]Scleroderma, Fasciitis, and Eosinophilia Associated with the Ingestion of Tryptophan

低用量のL-トリプトファンと死亡原因について[論文の要約]

神経化学分析により、副腎不全のラットにL-トリプトファンを投与した後、組織トリプトアミンレベルが大幅に上昇することが明らかになった事からも、副腎不全の動物におけるL-トリプトファンによる死亡は、過剰なトリプタミンの生成が招く、血圧の上昇やその他の心血管機能障害によるものと考えられる様です。

[出典]Low doses of L-tryptophan are lethal in rats with adrenal insufficiency


国内外の情報や論文・コントロール良好な方の体験談などから見つけた情報を集めています。副腎皮質機能低下症のメカニズムに関する事は「Note」へ、体験談やヒントなどは「Misc」に記録しています。

※医療も翻訳も素人で、コメントも個人的な感想・見解です。